人間 吉川英治

Leica M4 / Summicron 5cm f2 (Kodak TRI-X 400)
コラム

タバコをくゆらせながら流れる涙を拭いもせず、

文豪・吉川英治は礼状を書いていた。

1960年11月5日、文化勲章を受章した2日後のことである。

 

礼状の相手は、印刷所で働く18歳の青年。

受章祝いにと、青年はタバコと共に20数枚の手紙を文豪に送った。

それは寝る前のわずかな時間を使い、1週間かけて書いたもの。

手紙の最後には、”タバコは、ぼくの気持ちです”とある。

この一文に、文豪は胸を打たれた。

(『人間 吉川英治』六興出版)

 

家計を支えるため、吉川氏は印刷所で働いたことがある。

その苦労を知るゆえに、青年の真心に涙したのだろう。

文豪は庶民を愛し、庶民から学んだ。

だからこそ、小説は今も生き続け、庶民の生きる力を奮い起こし続けるのだ。